春日部市史

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【春日部市史】総武鉄道の開通と乗り合いバス営業

総武鉄道の開通と乗り合いバス営業 総武鉄道の開通 現在の東武鉄道春日部駅は、伊勢崎線(浅草・伊勢崎線間)と野田線(大宮・船橋間)が交差する駅となっているが、この東武鉄道野田線の歴史は大正10年(1921)の北総鉄道会社の設立に始まる。北総鉄道は、同年11月に千葉県の柏・船橋間の敷設免許を獲得し、12 […]

【春日部市史】粕壁銀行の合併と商工業

粕壁銀行の合併と商工業 粕壁銀行と武州銀行の合併 明治28(1895)年12月に田村新蔵など地元中小商工業者が株主となって設立された粕壁銀行は、資本金10万円の小銀行であった。翌年1月に業務を開始し、3月には幸手町に支店、さらに同月明治貯蓄銀行が開業した。その後31年には20万円に増資され、経営は順 […]

【春日部市史】東武鉄道の開業

東武鉄道の開業 東武鉄道の設立が出願されたのは明治28(1895)年4月であったが、同鉄道は同年6月22日に逓信大臣白根専一から仮免状を下付された。そこで、同年10月16日、東京市日本橋区坂本町の銀行集会所で創業集会が開かれた。資本金は265万円(5万3000株)、株主数は487人であったが、創業総 […]

【春日部市史】明治の武里村

武里村 粕壁町がいろいろな機能をもった町だとすると明治末期の武里村は農業と手工業の村であった。明治43(1910)年の粕壁町の人口は5870人であった。武里村は、人口3542人で、武里村の総戸数は501戸、うち農業が7割の353戸、工業が1割の55戸、商業が1割の64戸であった。この他労働が8戸、僧 […]

【春日部市史】明治の粕壁町

粕壁町の歴史  江戸時代、粕壁宿には4・9の六斎市が開かれていた。一応近隣農村の経済的核とはなっていたが、宿の主要な機能は宿駅業務にあり、旅籠や飲食店が中心の町であったといえる。しかし、明治以降は商業の町としての性格を強めてきた。明治中期には、経済都市としての性格を備えてきた。  明治35(1902 […]

【春日部市史】麦わら帽子と赤沼ビールの起源

麦わら帽子の起源 開国後、埼玉県下でも蚕糸業、茶業などの産業が一躍脚光を浴びるものとなったが、水田単作地帯の春日部周辺は旧態依然たる状況が続いた。埼玉郡下一帯に広がっていた綿作や藍作はやがて輸入品に押されて、衰退の一途をたどる有様であった。 こうした中で特筆されるべきは麦わら真田業の発展である。真田 […]